上上海上上台!

今月はほとんど出張だぁ

金門回想 おまけ 

金門軍用品

 金門って、、、いつの話だ?と突っ込みはさておき。。。

 金門では街中で普通に軍用迷彩服、軍用靴、軍用カバンなど一式が売っています。これらの物って支給されるんじゃないんですか?

 襟タグのところに注目。

軍服タグ

 男の魂さ揺ぷゐ 百錬僕の鍛治屋

 俺ら東京さ行くだ、じゃないんだから(^_^;)。。。名詞+「さ」ってどこの方言?やっぱり吉幾三の青森??

民族救星

 台湾本島では風前の灯火のも、金門では民族救星としてあちこちに。

公衆電話

 金門の公衆電話。なかなかベタでよろしい。

金門回想 広東粥と牡蠣麺線 

広東粥

 金門での定番朝ご飯。それは広東粥

 街中にはあちこちに広東粥のお店があります。お米は形がなくなるほど煮込まれ、具材は豚肉、レバー、肉団子、卵をメインにボリューム満点。これに油条(中国風揚げパン)をちぎって入れて、胡椒をたっぷりかけていただきます。朝小食の方にはちょっと応えそう(笑)。

 こうした広東粥を売る店は朝食屋らしくお昼前には閉まってしまいますのでご注意を。

 そして金門では外せない牡蠣麺線

牡蠣麺線

 台湾の牡蠣は小ぶりですが、これだけ入れれば旨みは出るでしょう!

牡蠣煎

 牡蠣煎(牡蠣オムレツ)も美味しかったです。

麺線

 名物の麺線をお土産に買って帰りたかったのですが、帰国の荷物が既にかなりの量に達していたため諦めました。。。

金門回想 洋楼 

水頭

 華僑とは中国や台湾以外の国や地域に移住した中華民族のことで、特に中国動乱期の清朝末1900年前後に活躍した人たちを指して言うことがあります。

 当時彼らは主に広東省や福建省から出て行ったのですが、金門も華僑輩出地域としては有名です。(そうそう!金門は実は住所上、台湾省ではなくて福建省に属するのです。台湾でありながら福建省。)

 華僑は海外で富を成し、故郷に錦を飾りました。戻ってきて洋風の住まいを建築し始めます。

洋楼

 ぱっと見、その荘厳さに目を奪われがちですが、実は彼ら自身の巨万の財産を守るための要塞としての役割を果たすために、このような建築スタイルに行き着いたようです。

 例えばこの得月楼などはその典型です。

得月楼

 地下一階地上四階、壁の厚さは25cm〜39cm。ところどころ空いている小さな穴は外敵に銃口を向けるため、そして大きな穴は石灰を敵の目に投げつけるためのものだったそうで、この村を守る監視と防御の砦として機能していました。

金水国小

 この得月楼がある水頭は金門の中で洋楼をテーマに一番整備が進んでいる地区で、ここでは洋楼と当時の学校、そして南福建スタイルの民家を多数見ることができ、またそうした民家に宿泊することもできます。

和氣致祥

 ここ水頭一帯にある民家の門前では、このブログ冒頭に掲げた和氣致祥の文字を多数見る事ができて、ちょっと嬉しかったです。

 そうそう、以前大陸でこのような洋楼が密集している廃墟のような街、広東省の開平と言うところに行ったことがあります。ご興味のある方は私の以前の旅行記をご覧ください。
プロフィール

Qing Zui

Qing Zui

1974年 11月24日生まれ。
1997年 大学を卒業。
      日本の会社に就職。
1999年 会社を退職して、
      台湾系企業に就職。
      アモイに着任。
2001年 青島に異動。
2002年 退職して帰国。
      日本の会社に就職。
2003年 退職。
2004年 元の会社に再就職。
      台湾の高雄に着任。
2007年 退職して帰国。
2008年 日本の会社に就職。
      上海に着任。
上の画像は
『似顔絵アバターメーカー』
で作りました
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