華僑とは中国や台湾以外の国や地域に移住した中華民族のことで、特に中国動乱期の清朝末1900年前後に活躍した人たちを指して言うことがあります。
当時彼らは主に広東省や福建省から出て行ったのですが、金門も華僑輩出地域としては有名です。(そうそう!金門は実は住所上、台湾省ではなくて福建省に属するのです。台湾でありながら福建省。)
華僑は海外で富を成し、故郷に錦を飾りました。戻ってきて洋風の住まいを建築し始めます。

ぱっと見、その荘厳さに目を奪われがちですが、実は彼ら自身の巨万の財産を守るための要塞としての役割を果たすために、このような建築スタイルに行き着いたようです。
例えばこの
得月楼などはその典型です。

地下一階地上四階、壁の厚さは25cm〜39cm。ところどころ空いている小さな穴は外敵に銃口を向けるため、そして大きな穴は石灰を敵の目に投げつけるためのものだったそうで、この村を守る監視と防御の砦として機能していました。

この得月楼がある
水頭は金門の中で洋楼をテーマに一番整備が進んでいる地区で、ここでは洋楼と当時の学校、そして南福建スタイルの民家を多数見ることができ、またそうした民家に宿泊することもできます。

ここ水頭一帯にある民家の門前では、このブログ冒頭に掲げた
和氣致祥の文字を多数見る事ができて、ちょっと嬉しかったです。
そうそう、以前大陸でこのような洋楼が密集している廃墟のような街、広東省の開平と言うところに行ったことがあります。ご興味のある方は
私の以前の旅行記をご覧ください。