上上海上上台!

今月はまず日本出張から

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月末ダイエット経過報告 

ベルト

 早いものでもう月末です。やっと長い夏が終わったと思ったら、今年はもうあと3ヶ月しか残っていないんですね。

 さて、この1ヶ月間のダイエット成果は?

 71kg → 68kg

 ついに大台60kg台に突入しました。いやー、もう順調、快調。香港であれだけ暴飲暴食したのがウソのようです。転職先もこれくらい気持ちよく決まってくれれば嬉しいのですが(爆)。

 いよいよゴールが射程圏内に入ってきました。大学卒業時の体重まであと2kg。帰国時の体重から20kg減まであと4kg。

 ゴールに到達してから服を買い換えようと思っているのですが、既にズボンが半端なくずり下がるので、とりあえずベルトだけ新しい物を買ってきました。ベルトでズボンを巾着袋のように絞って履いています。

 帰国当時のベルトと比べるとその差が歴然!
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大陸写真館 青海省 青海湖-西寧 

江西溝

 昨日の続き。

 私たちが来た時にバスを降りて、そして帰りにバスを待ったのはこんな場所でした。車なんてほとんど通りません。

 15時からバスを待ちましたが、バスが通るのは1時間に2本程度。しかもどれも小型のワゴン車、全て満員で私たちには目もくれず走り去っていきます。来た時は普通のバスでガラガラだったのに。。。

 17時頃になるとバスすら通らなくなってきました。このままこんな街灯もない場所で日が暮れると大変なことになるので、道を走る車全てに手を挙げました。もう必死。完全にヒッチハイク状態です。

 ふと公安(警察)の車が通りかかったので、外国人だということをアピールして頼み込みましたが、今(西寧から)帰ってきたところだからダメと言われて走り去って行きました。

 この頃、私たちの他にもう1人ヒッチハイクをしている人が現れました。彼は公安ならぬ公路と書かれた制服を着ていました。当時公路という職業が何を意味するのかはわかりませんでしたが、字面から考えたらこれはもしかしたら道路上ではものすごい特権を持っている人じゃないかと思ったわけです。

 幸いにもその公路は私たちに話しかけてきました。日本から来たこと、もう2時間以上ヒッチハイクしていること、明日西寧発の列車に乗らなければならないので非常に困っていること、、、私たちは必死に窮状を伝えたのです。

 彼は私たちに、日本から来たのはすごいね、もうこの時間になるとバスは通らないよ僕も西寧に行くんだ、公路ってのは道を守る仕事、日本人って好きな時に海外に出れるのか、、、などと言葉を交わしました。

 これはもしかしたら彼と一緒にいれば西寧まで戻れるかも?と期待を抱きました。事実彼はその着ている制服の威力か、道を通る全ての車を難なく停めていました。これはすごい助っ人が現れた!と私は同行者と手を叩いて喜んだのです。

 しかし私たちが目を離した隙に、彼は一台の車を停め、それに乗って走り去って行きました。。。ウソーッ!!(T△T)

 日が暮れてきました。沿道で手を挙げても車は全く停まってくれません。車が停まってくれないのでは話になりません。私は意を決して大きな材木を積んで走ってきた大型トレーラーの前に飛び出して、その車を停めました。

 窓から顔を出したのは、かなり年季の入ったおじいちゃんドライバー。幸運なことにそのおじいちゃんは1人で運転していたので、私たち2人を載せるスペースもあり、私たちを西寧まで載せて走ってくれることに同意してくれましたv(≧∇≦)v!

 普通ならこれでめでたしめでたしとなるのですが、この時はそうは問屋が卸しませんでした。何とあろうことか山の中で、このトラックが故障して走らなくなってしまったのです…。勘弁してくれ(;´д` )。辺りは真っ暗、人里らしき灯りはかけらもありません。8月とは言え、高地なので気温は10℃もありません。絶体絶命。

 おじいちゃんドライバー、真っ暗闇の中、エンジンを確認していますが全く直る兆しはなし。と、その時後ろからクラクションが聞こえてきました。私たちの車が道の真ん中で立ち往生していたので、後ろから来た車が通れないのです。こんな夜遅くです。通常なら故障車など気にせず走り去ってしまうところでしょうが、これは不幸中の幸い。しかもその後続の車はお仲間だったらしく、同じように材木を積んだ大型トレーラー。若い衆3人で乗っていました。

 あんたら日本人かい?そりゃ大変だったな。直るまで俺たちの車に乗ってろや。暖房ついているから。。。中国人にも心の温かい人はいるのです!

 そんなこんなで西寧に着いたのは夜中1時。宿に戻ると、日本人が戻ってこないとみんなが心配していたようで、ロビーの人も寝ずに門の鍵も閉めずに私たちの帰りを待っていてくれてました。私たちの姿を見て、あー良かった良かった、無事に帰ってきてくれたと口々に言われました。この日、青海湖の旅は私の数ある旅行のうちでも一番の思い出です。

 1996年8月撮影。

大陸写真館 青海省 西寧-青海湖 

青海湖地図

 (地図はGoogleマップさんからお借りしました)

 中国内陸部に青海湖という中国最大の湖があります。位置的に恐らく黄河の源流の一つになっているだろうと思い、1996年黄河の源流から河口までを訪ねる旅の主要目的地として行ってみることにしました。

 地図を見ると、この青海湖を訪れるのにゲートシティとなりそうなのは青海省の省都である西寧。北京から列車でおよそ30時間の道のり。

 西寧から青海湖まではツアーに参加するのが一般的らしかったのですが、200元や300元もするツアーへの参加は貧乏学生バックパッカーとしては気が引けました。こちとら西寧での宿泊費1泊13元(=180円)の身分ですから。

 で、結局長距離バスターミナルへ行って、通常の路線バスの片道切符を入手。片道5時間かかる道のりなので帰りの足が心配ではありますが、道を走るバスに手を挙げれば載せていってくれるでしょう。

青海湖1

 この日は朝7時頃にバスに乗車、お昼12時頃に目的地に到着。そして大草原の中をえっちらおっちら歩いて1時間、ようやく青海湖のほとりに辿り着きました。

青海湖2

 目の前に現れた青海湖はまさに海。きらきら輝く湖面はどこまでも青く澄んでいます。全く人の気配もない周囲の大草原の緑、そして湖面の青と空の青、聞こえるのは風の吹き抜ける音だけ。標高3,200mのこの高地で周囲を気にすることなく、思いっきり大声で叫びながら草原を走ったりしたのでした。あの時に味わった爽快感は後にも先にもあれっきりだなぁ。(写真の中央に小さく写っている白い点のような人影は私)

 この青海湖、実は塩湖。季節によっては渡り鳥が多数飛来するスポットでもあります。湖のほとりでたたずんでいると潮風が吹いてきて、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなってしまいます。

 さて、こんな素敵な場所ですが帰りが心配だったので、滞在時間はたったの1時間だけ。14時頃からまた草原の来た道を引き返して、道路に出たのは15時でした。すぐにバスを捕まえたとしても西寧着は20時かぁ。。。しかし、ここで私の心配は現実のものとなるのです。明日に続く。

 1996年8月撮影。

台場の写真でジオラマ風 

台場

 先日お台場へ写真を撮りに行ったのですが、レインボーブリッジ上からお台場を撮った写真を見返してちょっとひらめくものがありました。

 あ、これ、、、今話題のジオラマ風写真に見えるかも。。。

 ジオラマ風写真とは実際の風景や建物などをミニチュア模型のように撮った写真のことで、本城直季さんという写真家の方が大変注目されています。

 本城さんは撮影の際に特殊な技法を用いていますが、私たちのような素人でも撮影後の写真に少々手を加えることで、その効果を似せることができます。

 私が今回撮った写真はちょうど台場の木々や芝生が妙に色鮮やかにくっきりと写ったので、更に嘘っぽくその部分を誇張してみました。

ジオラマ風台場

 彼の写真集を見ると、写真って目で見た現実世界をそのまま写し撮るのではなくて、自分の意図した世界を創り出すものなんだなぁ(そういう意味では写真は鏡じゃないってこと)と改めて実感します。

彼岸花が咲いています 

彼岸花全景

 今までにも見たことあるような気がするけど、実際に花の名前を知った上でまじまじと見るのは初めてです。彼岸花

 地表から枝分かれもせずに葉っぱもつけずにひょろひょろとネギのように伸びている姿が可愛らしい。

 でも花は豪華。花火のシーズンはもう過ぎてしまいましたが、この花をアップで見るとまるで自分が巨人になって花火を間近に見ているようです。

 いつも写真を参考にさせていただいているPhoto Blog Premier Quartierのbabathegiantさんが数日前に彼岸花を黒バックで撮影されているのを見て自分も真似てみたくなり、同じように撮ってみました。

彼岸花アップ

 随分と写真映えのする花ですね(笑)♪

 黒いバックを探してウロウロしていたら、着ていた服のあちこちに彼岸花の花粉がついていました。ユリのような花粉で、ゲッ!ヤバイ!取れないかも?!と焦りましたが、手で数回はたくと落ちていきました。よかったー。

 この花、茎も花も有毒だそうです。別名死人花ともΨ(`∀´)Ψ。。。美しい花にはとげがありますなー。
プロフィール

Qing Zui

Qing Zui

1974年 11月24日生まれ。
1997年 大学を卒業。
      日本の会社に就職。
1999年 会社を退職して、
      台湾系企業に就職。
      アモイに着任。
2001年 青島に異動。
2002年 退職して帰国。
      日本の会社に就職。
2003年 退職。
2004年 元の会社に再就職。
      台湾の高雄に着任。
2007年 退職して帰国。
2008年 日本の会社に就職。
      上海に着任。
上の画像は
『似顔絵アバターメーカー』
で作りました
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