上上海上上台!

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孫文の町 

天下為公
 南京は毛沢東よりも孫文の露出が圧倒的に多い、中国では稀な町。以前は町の真ん中に孫文の銅像が立っていたのですが、地下鉄工事で撤去されて、地下鉄が開通した今も復活していませんでした。残念。

 地下鉄と言えば。。。台湾を実効支配している中華民国の首都は一応南京ですが、「地下鉄は首都に作るもの」という慣習により、台湾では台北に地下鉄を作ることには消極的だったという話を聞いたことがあります。今でも台北では地下鉄と呼ばず捷運と呼ばれているのはそのためです。でも結局中華人民共和国の手によって南京に地下鉄が作られちゃいましたね。。。

 写真は南京の総統府に掲げてあった絵。革命の志士たちを赤く中国国土の形に配置して、上に青天白日旗。歴史を感じさせる興味深い絵でした。
台湾に久しく地下鉄がなかったのは、大陸に持って行けないからと(財産として)聞きました(笑)

捷運は英語名が先に来て、それから漢字が振られたとも聞いています。Rapid Transit System、快速交通機関とかなんとか?
[ 2008/11/24 09:53 ] [ 編集 ]
BING DONGさん
なるほど、言われてみればそれも一理あります。いずれにしても「台北は臨時首都だから」ということですかね。
[ 2008/11/25 09:15 ] [ 編集 ]
おお、地下鉄建設の時にですら、まだ、台北に腰を据えて無かったと言うことですね。こりゃ根が深いや。
ところでこの絵はとっても見応えがありそうですね。
[ 2008/11/26 11:51 ] [ 編集 ]
おまけさん
民進党に政権が変わるまでは「台北は臨時首都」という認識が強かったと思います。
この絵の孫文の左後にいる女性は孫文の奥さんである宋慶齢ですが、彼女だけが孫文と同じポーズをとっているのも面白いです。
[ 2008/11/27 21:50 ] [ 編集 ]
おお、宋慶齢でしたか。気づかなかった・・・・ 北京にある彼女の記念館、北海も凍り付く厳寒の2月に4年前に訪れました。書斎も寝室も質素だが凛とした仕事師の雰囲気が漂ってました。彼女の自伝2冊も買っちゃいました。激動の時代を最後まで生き抜いた人。家柄の良さと育ちのよさなのでしょうか。本人が映っているあまたの写真の前で考え込むことしばしでした。観光客もいなくて私には至福の時でした。勿論、神戸の孫文記念館も華僑記念館も行き、彼らの足跡を確認してきました。まあ、行動範囲の広い夫婦だったんですねえ(笑)。
[ 2008/11/27 22:59 ] [ 編集 ]
おまけさん
北京にも宋慶齢の記念館があるとは知りませんでした。私は彼女の経歴に詳しくありませんが、今ツレが上海で通っている産婦人科病院は彼女の基金によって創設された国際和平婦幼保健院です。お世話になっています(笑)。
[ 2008/11/28 09:44 ] [ 編集 ]
北京市、北海沿いにひっそりとたたずんでますので、是非、何かのさいに寄ってあげてはいかがでしょうか。
[ 2008/11/28 20:29 ] [ 編集 ]
おまけさん
情報ありがとうございます。最近は北京にすら行く機会もないのですが、ツレが行きたがっているので暖かくなってから行ってみようと思っています。
[ 2008/11/29 22:47 ] [ 編集 ]
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プロフィール

Qing Zui

Qing Zui

1974年 11月24日生まれ。
1997年 大学を卒業。
      日本の会社に就職。
1999年 会社を退職して、
      台湾系企業に就職。
      アモイに着任。
2001年 青島に異動。
2002年 退職して帰国。
      日本の会社に就職。
2003年 退職。
2004年 元の会社に再就職。
      台湾の高雄に着任。
2007年 退職して帰国。
2008年 日本の会社に就職。
      上海に着任。
上の画像は
『似顔絵アバターメーカー』
で作りました
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